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整形外科単科病院から365日24時間救急受付の脳神経外科のクリニックを転職

転職時のご自分の簡単なプロフィールと転職内容

愛媛県在住の20代女性です。

県内の准看護師学校を卒業後、広島県の専門課程の看護専門学校に通い、看護師の資格を取得しました。公立病院勤務後、転居を余儀なくされたので退職しました。そして、専業主婦をしていたのですが、専業主婦行に嫌気がさし、外で働きたいと感じるようになり、近所の整形外科単科病院に就職しました。70床のベッド数のある手術期から回復期、療養病棟を持つ整形外科で、少しずつ増床している大きくなっている途中の病院です。

二年程度勤務し、健康上の理由で退職することとなりました。そして、健康的に回復を持って就職、転職活動をする事にしました。

転職前と転職後

転職前
転職前の職場は、整形外科単科病院で、月収19万円、夜勤一回に付き10000万円、月に4回の夜勤がありました。交通費は居住地が近く、不支給でした。

二交代制で、日勤が9:00から18:00、夜勤が17:00から翌朝9:00でしたが、朝は申し送りで8:30までに開始され、夜勤は16:30出勤でした。この時間の追加給与はありません。

外来、一病棟、二病棟の配属があり、三カ月ごとのローテーションで配属が変わります。全員がどの役割でもできるよう、リーダー、手術室、バイタルサイン、入浴介助、注射係など役割を決めて仕事を回していました。

夜勤は、一病棟二人、二病棟二人で計70床のベッドを回します。一病棟は、急性期と認知症、二病棟は回復期と療養期といった様子で患者さんが入院されています。休みは多く、月に9回、有給取得率も80%程度と高い様子でした。

子育て世代の看護師が多く、急なシフト変更もみんなが協力的に行える職場です。


転職後
転職後は、似たような職場環境でもう少し急性期でバリバリ働いたい気持ちがあったので、脳神経外科のクリニックを就職先に選定しました。

給与は、基本給19700円、交通費3000円、夜勤は二交代制で一回に付き10000円の手当てが付きます。勤務時間は、9:00から18:00、夜勤は17:00から翌日10:00でした。日勤は、業務別、機能別看護で19床(最大26床)を6人で回し、夜勤は看護師二人体制で行いました。

ここのクリニックは、電子カルテを導入し、近代的な医療を経験できる脳神経超急性期クリニックです。

365日24時間救急受付を行い、脳神経の手術や急性期医療、早期からのリハビリ導入を行い、患者さんの早くの社会復帰に関われる専門医療を行うクリニックでした。有給に関しては、就職時に10日付与されますが、忙しくて使う事ができません。二年間勤務したのですが、二年間で一日しかとっていません。それも、38度の高熱を出したのですが、その時に一回、就職してすぐに体調不良となり休みをくださいと連絡してとれたものです。

しかし、体調が戻り出勤すると「熱ごときで休む職員は初めてだ」と言われ、休めない職場であると知らされた事態でした。



転職前の仕事はどんなでしたか?

整形外科の病院で、大腿骨頸部骨折の人口骨頭置換術、大腿骨転子部骨折のガンマネイル手術、ばね指手術の簡単の手術を行ったり、近隣に大病院で行われた人工膝関節手術やアキレス腱の縫合手術、腰椎ヘルニアや狭窄症手術後の回復期リハビリテーションを受け入れる病院で、患者さんの診療の補助と療養のお世話を行います。

一日は、自分が今日何を担当するかを確認することから始まり、業務分担表を確認します。バイタル係はバイタルとおむつ交換を、注射係は注射や処置を、入浴係は入浴介助を、外来は外来患者さんを担当し、手術は手術患者さんの術前から術後をすべて担当するといった仕事内容です。

夜勤は、一病棟と二病棟二人ずつが勤務し、リーダーとサブで、リーダーの指示でサブが動くと言う様子です。仮眠は全員に一時間ずつ与えられ、決められた時間に一病棟のリーダーは何時から何時、一病棟のサブは何時から何時、二病棟のリーダーは何時から何時、二病棟のサブは何時から何時と決められた時間に、確実に一時間摂れるような感じでした。

ベッドも用意され、その時間だけはナースコ―ルも、記録や処置もしなくてよい感じでした。配属先も、三カ月に一回ローテーションが行われ、慣れ合いやマンネリ化対策が行われています。仕事の開始は、9:00からと17:00からですが、絶対に30分前に申し送りを開始するため、実質8時間半労働になっています。

残業はゼロで、夜勤も日勤も完璧に継続、引き継ぎされるよう家庭持ちの人がいる為に対策がされている職場でした。休暇に対しても、家庭持ちの人に優しく、急な子供の体調不良や家族の不調に対しても好意的で、みんなが助け合ってカバーしている温かい環境でした。

新人看護師の教育体制は無く、その日のリーダーが、この人に付きなさいと言われた看護師の後を付き、見学しながら流れを学ぶといった様子です。メモをとり、次にその役割を言い渡されれば、確実にこなせなければならない一度の見学で、流れや業務を理解しなければならない様子でした。業務分担なので、その業務や役割を果たせれば何の問題もない、そして不要な手出しをしないという感じの業務遂行状況でした。



転職理由・動機は?

転職の理由は、健康上の理由です。

新婚さんの私は、妊娠の希望がある事を伝えていました。しかし、なかなか授かれないので不妊治療をしていました。それを知って、家庭を持つことに好意的な病院だったので、病院へ行けるよう勤務調整してくれたり、妊娠できるようにサポートをしてくれていました。

そして、勤務して1年過ぎたころ、妊娠したのです。つわりがひどく、二か月程度の入院をしました。そして、妊娠管理をしていましたが、流産したのです。そのショックと辛さに耐えられず、退職を伝えたのですが、やはり優しいこの病院は、身体と心が回復すれば戻ってくれば良いと言ってくれました。でも、そんな優しさが申し訳なく、悪い気持ちになり、退職を決意しました。

続けた方が良い、辞める必要が無いことは分かっていましたが、すごくいい職場で、働き易く、理解があり、弱った私の心には優しすぎました。有難いと思う反面、その優しさに甘えている自分がわるもの、迷惑ものと感じるようになり、精神的に病んでしまったので、しない方が分かっていましたが一旦職を離れることにしました。



転職活動の様子を教えて下さい

転職活動の方法は、看護師転職サイトへの登録です。ハローワークには登録せず、自宅で転職活動をしようと考えました。それは、まだ心が完全に回復しておらず、外に出ることが億劫になっていた為、自宅でインターネットを使用しながら、良い職場があれば就職したいとの思いがありました。

看護師転職サイトに登録すると、その日のうちに連絡が来ました。コンサルタントと言う担当者が、私の希望職種や希望要件、働きたい環境や業種、思いや待遇などを調査しました。その回答に基づき就職先を絞り込んでくれました。

私は、急性息で忙しく、流産という辛さを感じないハードさを求めました。一心不乱に仕事をして、辛いことを抑圧しようと考えたのです。すると、技術も知識も向上し、自分に自信が付くのではないかと考えたのです。そして、すぐに一軒の脳神経外科クリニックの紹介がありました。

私自身、そのクリニックの名前を知っており、その職場はハードで、人の入れ替わりが激しいと聞いていました。看護師の友人にも相談し、「そこは続かないから止めておき」と助言を貰いました。そのことをコンサルタントに伝えると、内情調査と、採用担当者との面談やクリニックの訪問をしてくれたのです。

そして、その解答は「回ってみましたが、看護師長の事務長も好意的な方でした」「忙しそうではありますが、看護師さんも挨拶が出来、気持ちよい対応でした」との返答でした。

そして「他人にはきつい職場でも、自分はそうは感じない事もありますよ」と助言がありました。確かにそうだなと感じ、面接を受けてみることにしました。面接は、簡単で「いつからこれますか?」が最初の言葉でした。待遇面や勤務要件を聞いていないと話すと、すぐにその話を貰えました。前職の基本給を聞き、仕事経験を聞いてそれより良くしようと、基本給は7000円アップ、交通費支給など待遇面の改善を伝えられました。

面接と言う感じの打ち合わせも、好意的で好印象でした。正直、自分は何を悩んでいたのだろうか?と感じる程の印象の良さでした。



転職後の様子を教えて下さい

脳神経外科の超急性期を担当するクリニックは、脳梗塞、脳出血、くも膜下出血、急性硬膜下血腫、慢性硬膜下血腫の手術を行う病院です。大学病院と連携し脳腫瘍の手術も行っています。19床の認可ですが、超急性期をリカバリー出来るよう最大26床まで稼働可能の認可を受けたクリニックで、老健やデイケア、グループホーム等の介護系にも着手した多気か医療・介護グループです。

看護師は、脳神経外科の診療介助と療養上のお世話をする仕事で、周手術期から回復期、慢性療養も担当します。内科系の診療も行い、脳疾患を抱えながら基礎疾患を患う人達のコントロールも行っていました。

日勤は、業務分担がたチームケアを行い、リーダーが業務を分配してスタッフを動かします。365日24時間体制で救急を受け入れ、日勤は9:00から18:00までで看護師7名程度が勤務していました。

夜勤は、二交代制で17:00から翌日10:00で二人体制で勤務し、救急の夜間受け入れもこの二人で対応したり、急変や状態悪化に対しても二人で対応していました。

脳血管障害の後遺症や高齢者が多く、褥創ケア、感染管理、医療事故やインシデント対策に熱心なクリニックで、診療所と思えない高度医療を目指しているクリニックでした。ケアに対する板があり、その患者さんに今日必要なケアが何かを記載されています。その役割の看護師がその患者さんに必要なケアを行っていくと言う仕事形態で、毎日出勤すると、ケア番を見て自分の役割を確認し、仕事を開始すると言う様子です。

バイタル、手術、検査・処置、注射、経管栄養・清拭やおむつ交換などの分担があります。ここがケアを行いリーダーに報告する一日の流れです。人工呼吸器装着中の患者さんや気管切開を行っている患者さん、意識レベルの200点台の患者さんも少なくは無く、重症度の高いクリニックで、高度医療と質の高い看護が求められました。



転職して良かったと思うことは?

気持ちが不安定で辛いことから逃げたい自分にとって、個の様な忙しい環境はマッチしました。悲しいとか辛いとか言っている暇もなく毎日が過ぎていったように感じます。しんどい、疲れが溜まるけれど、患者さんの回復や喜びの声を聞くと、達成感とやりがいを感じ、もっと良い看護をしたいと感じるようになりました。

高度の手術や医療実践の経験が積め、看護師としてのさらなる成長を感じる事も出来ました。セミナーや学会への参加も促す向上心の高い職場で、実費ではありますが、研修参加もでき、知識と技術の充足は叶いました。スキルアップやキャリアアップに関しては申し分ない職場でした。
また、人間関係ですが、看護師間の協調は良く、分からない事を教え、教えられ切磋琢磨できる環境も自分の満足感を満たす職場だったと思います。



逆に転職して悪かったと思うこと

しかし、ここで一つ問題が発生しました。看護師長の気分や精神的不安定さです。多くの看護師がついていけないとリタイアし、入れ替わり激しい職場だったのです。先に述べたように、友人の情報に誤りは無く、患者さんやご家族にも攻撃的で、気分が悪いと看護スタッフへの八つ当たりや物への八つ当たり、今でいうパワハラの上司だったのです。

スタッフに対してはまだしも、患者さんに対して言葉遣いが悪い、思いが叶わないと地団太を踏む、暴言や物を蹴る等の暴力行為がありました。
精神的に安定している時には良いのですが、恐怖に感じることもあった上司です。

看護技術や知識を備えたい私は二年間耐えましたが、もう耐えかねない、それなりに経験がつめたと感じ、退職することにしたのです。
ここで働き続ける事が、自分の恥にならないかと感じました。



最後に今回の転職を振り返ってみてどうでしたか?

私の転職の最大の過ちは、やはり看護師転職サイトの口車に乗せられた感じです。友人や知人の助言はやはり正しい内容で、看護師長の資質に陰りのある職場です。その職場が合うか合わないかは自分次第と言われたコンサルタントの言葉を信用し、就職した為に、自分の意に合わない看護を経験することとなりました。

実践力は身に付いたものの、心の漢族感は無く、患者さんやご家族に申し訳ない思いの募った実践機関でした。これから転職される方には、やはり周囲の声にも耳を傾けて貰いたいと思います。

転職サイトの利用が云々ではなく、その医療機関や病院などを知っている人の声は受けとめて、自分に勤められるかを判断した方が良いです。友人たちは、きっと自分を案じて助言をくれますが、転職サイトのコンサルタントは報酬や契約を目的としている為、利用する看護師が転職し契約を取れればよいと考えているところがあります。

なので、早く決めさせたいと焦られるコンサルタントもいる為、そんな場合には、しっかりと吟味して考える時間を持ちましょう。